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山口簡易裁判所 昭和37年(ハ)95号 判決 1963年9月20日

判   決

山口県防府市昭和町一、一四二番地

原告

札場文子

右訴訟代理人弁護士

田中堯平

同県下松市大字河内二七四三番地

被告

佃鶴松

右当事者間の昭和三七年(ハ)第九五号請求異議事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件について当裁判所が昭和三七年八月六日にした強制執行停止決定はこれを取消す。

この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告の原告に対する山口簡易裁判所昭和三六年(イ)第一八号和解申立事件の和解調書に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「(一) 被告を申立人、原告および訴外札場タカをいずれも被申立人とする前記和解申立事件において、昭和三六年一一月八日、右当事者間に和解が成立したとして別紙記載のとおりの和解調書(以下本件和解調書と略称する)が作成された。

(二) しかしながら、右訴訟上の和解(以下本件和解と略称する)は左記(2)記載のとおりの理由によつて当然無効であり、かりにそうでないとしても左記(3)記載のとおり右和解は被告の強迫によつて為されたものであるから本訴において右和解の意思表示を取消す。

(1)  即ち、

(イ)  原告は昭和三二年六月一日被告と結婚したが、被告は粗暴な性格で、連日の如く原告を虐待するので、原告は昭和三四年夏被告の家を出て、山口県防府市所在の原告の実家へ帰つた。

(ロ)  被告はその後も原告の右実家へ押しかけ、原告をねじふせて殴る蹴るの暴行を加えたりした。

(ハ)  その後、原告は被告を相手方として山口地方裁判所に離婚並慰藉料請求の訴を起したが、被告は同訴訟の公判の度毎に、原告に対し「生かしておかぬ。」と言つたり、「ぶち殺す。」などといつて同裁判所の構内を追いまわしたりなどし更に原告の実家へ来て、「家も何も灰にしてやる。」といつて同家の中に石油をまいたりした。

(2)  原告は本件和解期日当時、被告の右(1)記載のような従前からの脅迫的言動によつて完全に畏怖した状態にあつたもので、有効な意思表示を為し得る状況になかつたものであるから、右のような意思無能力状態において為された本件和解は当然無効であるというべきである。

(3)  仮りに、本件和解が当然無効ではないとしても、原告は前記(1)記載のとおりの被告の脅迫的言動によつて畏怖した結果本件和解の意思表示を為すに至つたものであつて、右は所謂強迫による意思表示に該当するから、原告は本訴において右意思表示を取消す。

(三) 仮りに、右(二)記載の各主張がいずれも認められないとしても、原告の被告に対する本件和解調書中和解条項第一項による金員支払義務は同和解条項第三項記載の被告の原告に対する原告所有の別紙物件目録記載の衣類等の返還義務と同時履行の関係にあるところ、被告は右引渡義務を履行しないから、原告は未だ前記金員を被告に支払う義務はない。

(四) 以上のとおり、原告被告間の本件和解は当然無効であり、仮りにそうでないとしても取消によつてその効力は消滅し、また仮りにそうでないとしても同時履行の関係にある被告の給付義務が履行されていないから、いずれにしても本件和解調書に基く強制執行は許されないものである。」

と述べ、

証拠(省略)

被告は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張事実中(一)記載の事実は認める。同(二)記載の事実中原告と被告が原告主張の日時に結婚し、その後原告が被告の家を出て防府市所在の原告の実家へ帰つたことは認めるがその余の事実は否認する。同(三)記載の事実中、別紙物件目録中(1)、(9)、(10)、(11)、(13)、(15)、(16)、(20)、(21)各記載の物品が原告の所有に属し、これを未だ原告に引渡していないことは認めるが、その余の事実は否認する。」

と述べ、

証拠(省略)

理由

原告と被告との間に原告主張の本件和解調書が作成されたことは当事者間に争いがない。

原告は、右和解は被告の原告に対する暴行脅迫の結果生じた原告の意思無能力状態において為されたものであるから当然無効であり、仮りにそうでないとしても、恐迫による意思表示であるからこれを取消す、と主張するのでこの点について判断する。

原告は被告から暴行脅迫を受けたと主張するところ、その具体的事実については日時、態様等を明確に主張しないが、証人(省略)の証言によれば、昭和三五年頃、被告が防府市所在の原告の母親の実家において、「火をつける。」とか「家をこわす。」などと暴言を吐いたことが認められ、更に証人(省略)の証言によれば、同年夏頃被告が山口地方裁判所構内において立腹した態度で原告および原告の母親の後を追つて同裁判所構内に存在する山口県弁護士会事務所の入口に至つたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、被告が原告主張のとおり或る程度の恐迫的言動を為した事実を推認するに難くないが、右事実から直ちに原告が本件和解当時意思無能力状態にあつたといえないことはいうまでもないところ、却つて原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、原告は本件和解に際し被告から恐迫を受けた事実はなかつたこと、および同和解成立と同時に当時山口地方裁判所に係属していた離婚訴訟についても原被告間において協議離婚する旨の合意が有効に成立したことが認められるから、原告は本件和解についてもこれを有効に為し得る意思能力を有していたものと断ぜざるを得ない。

よつて、原告が山口簡易裁判所において本件和解を為した当時有効な意思表示を為し得る能力を欠いていた旨の原告の主張は失当である。

そこで、更に原告の右和解の意思表示が被告の恐迫行為に因つて為されたものであるか否かについて検討するに、原告ならびに被告が山口簡易裁判所において本件和解を為した際被告が原告を恐迫した事実の存しないことは前掲原告本人尋問の結果によつて明らかであり、また被告が原告に対し本件和解成立の一年位前或る程度恐迫的言動を為したことは前記認定のとおりであるが、被告のそういう言動によつて原告が畏怖した結果本件和解の意思表示を為すに至つたこと、ならびに被告が右恐迫行為によつて原告に畏怖を生ぜしめ、これによつて本件和解を為さしめようとする故意があつたことを認め得る証拠はないから、原告の、被告の恐迫を理由とする本件和解取消の意思表示はその効力を生じ得ないものといわざるを得ない。

以上のとおり、本件和解が当初から無効であり、仮りにそうでないとしても取消によつてその効力を喪つたという原告の主張はいずれも失当であつて採用できない。

なお、原告は本件和解調書に基く金員支払義務は同調書第三項記載の被告の原告に対する給付義務と同時履行の関係にある旨主張するけれども、仮りに原告主張のとおり右同時履行の関係が認められたとしても、右は債務名義たる本件和解調書の執行力を排除し得るものではないから、主張自体失当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第五四八条第二項を適用して主文のとおり判決する。

山口簡易裁判所

裁判官 高 橋 弘 次

和解調書・物件目録<省略>

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